夜巳涼人 - 制作裏話&考察
「夜巳涼人 - 制作裏話&考察」についての記事です。
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「夜巳涼人 - 制作裏話&考察」についての記事です。
この記事は、『NARCIST COMPLEX』に登場する攻略対象キャラクター「夜巳涼人」に関する制作裏話と、制作者自身による考察をまとめたものです。
なお、ストーリー内で描かれた出来事のみが「事実」です。私が「〜かもしれない」などと考察している部分については、「制作者が勝手に言っているだけ」くらいの気持ちで、気軽に読んでいただければ嬉しいです。
プレイヤーと制作者の間で解釈が異なる場合、それは制作者の解釈が唯一の正解というわけではなく、それぞれに独自の解釈が存在すると私は考えています。
『NARCIST COMPLEX』というゲームは、「攻略対象全員ナルシスト」というやや冗談めいたキャッチコピーを掲げていますが、実際にはギャグ要素は少なく、重厚なヒューマンドラマが展開されるゲームです。
一般的に「ナルシスト」という言葉は、ネガティブな意味や笑いの要素として使われることが多いように思います。そのため、現実世界においても「ナルシスト」に対してマイナスのイメージを持つ方が少なくないのではないでしょうか。
こうした背景から、「ナルシスト」の概念を多角的に捉え、各キャラクターにそれぞれの自己愛を反映させ、『NARCIST COMPLEX』という作品を制作しました。
作中のセリフにもあるように、
そんなことが当たり前のような世界の、夢。
そんな世界を夢見る物語です。
そんな『NARCIST COMPLEX』の舞台で生まれたキャラクターの一人が、夜巳涼人です。
彼は、強い自己愛を抱えながらどのように生きていくのかという課題に向き合う存在として誕生しました。

難関大学として知られる「東堅大学」の理工学部情報工学科に通う三年生。また、志貴芸能のモデルとしても人気が急上昇中。
口に薔薇を咥えた俺様タイプの、いわゆる「絵に描いたようなナルシスト」……ではないが、その言動からは隠しようのない自信があふれている。
夜巳にとって、世間から「ナルシスト」と持て囃されることは本意ではないようだ。しかし、もし「ナルシスト」と呼ばれることで誰かの見本になれるのならば、彼はそれを受け入れる覚悟があるという。尋常ではない努力家であり、非の打ち所がない人間だとされているが、かつて別の事務所に所属するモデルと交際し、酷く振ったという報道もある。
「自分自身を愛することしかできない。」
……彼のナルシストとしての一面は、笑い話では済まされるような単純な話ではなかった。
このルートでは、そんな彼と志貴しずく(主人公)が、自分たちの愛の形を模索していく物語である。
そもそも、「ナルシスト」や「ナルシシスト」という言葉には、必ずしも「自分自身への恋愛感情を持つ」という意味は含まれていない。
しかし、彼のナルシスト的な性格は自己愛や自尊心、孤独感や理想への追求から発展し、やがて自分自身を恋愛感情を交えた形で愛する「オートロマンティック」へと昇華している。(なお、夜巳の場合は「オートセクシュアル」とは大きく異なる)。
「恋愛感情」の定義は人によって異なるものである。夜巳の自分に対する感情は、他者から見れば単なる自己愛(=自分を大切にする気持ち)に映るかもしれない。しかし、夜巳はこの感情こそが「恋愛感情」であると認識しており、彼にとっては「自分が恋愛感情だと認識していること」自体が重要な意味を持つ。
夜巳が自分を愛するようになった背景には、単に自己肯定感が高いだけではなく、「他人を理解できない」「他人を信じられない」という深い感情が根底にある。夜巳の抱える問題は根深く、彼自身が現状にある程度の納得を見出しているため、他者が彼の考え方を変えるのは容易ではないだろう。
また、田辺さなとの一件を通して、夜巳は「自分は他者と恋仲になってはいけない」と考えるようになっている。誰に対しても朗らかに接する彼であるが、その一方で誰との関係もどこか諦めている人物でもある。
夜巳は優秀であるが、常人にはない独自の思考を持ち合わせている。圧倒的な努力家であり、揺るぎない自信家。裏表がなく、自分も他人も大好きな性格だ。何かと完璧すぎるため、どこか不気味さすら感じさせる人物である。損得勘定や打算を一切感じさせないため、北颪彪が言うような「お世辞と建前、自慢だけで女にモテるための男。そんな気持ち悪い存在」という見方も生まれてしまう。(この見方は後に改められることになる。)
ストーリー中でも、夜巳はたびたび独自の持論を展開するが、プレイヤー視点で共感できるかどうかはわからない。
(むしろ「共感されづらい人物」という点で、逆に共感する人もいるかもしれない。)
……正直、シナリオゲームにおいて「共感しづらい」というのは大きな欠点だ。
しかし、それでも自分らしく生き続ける姿こそが、『夜巳涼人』という人間の本質であると私は考える。確固たるキャラクター性を持ち、「夜巳さんなら言いそう」「夜巳さんならやりそう」といった印象を与える存在であってほしい。
「自分に自信があって何が悪い」「自分が好きで何が悪い」、そんな強いメッセージを通して、彼はゲーム内のキャラクターや時にはプレイヤーの背中をも押す存在になるだろう。たとえ共感されなくとも、理解されなくとも。夜巳には、誰かに勇気を与えるだけの力があるはずだ。
夜巳には、あらゆる物事を徹底して論理的に考えようとする癖がある。ほとんど無意識のうちに、自然と論理的な思考に傾いていく。穏やかで人の気持ちに寄り添うような笑顔を見せる一方で、時に非情とも取れるような意見を口にするため、初対面の印象に反して、冷たい人物だと誤解されがちだ。
しかし、夜巳は感情を排除しようとしているわけではない。彼は感情もまた重要な要素だと考え、他者が嫌がることは嫌い、他者が喜ぶことは好む。ただ、筋道立てて導き出した結論を「良し」としてしまう傾向があり、人間の素直な感情に鈍感な面があるのだ。
夜巳の論理的思考は、時に良い方向にも悪い方向にも作用する。例えば、しずくがルームシェアに加わった際には、彼女が自分のファンだと知りつつも、「オーナーの志貴さんが許可したのなら問題ない」と、嫌な顔ひとつ見せずに受け入れる。この場面からは温かい印象を受けるだろう。
一方で、元恋人の田辺さなに対しては、「彼氏になることで彼女が幸せならそうする」「自分は好きになれないと言った」と、感情よりも理論に基づいた割り切った態度を示す。これは賛否両論を呼ぶ行動であり、単純に「優しい」とは言い難い。
夜巳にとってはどちらも筋道立てて考えた結果に過ぎないが、こうした一貫性のある論理的な行動が、彼の本質を理解することを一層難しくしているといえる。
幼い頃から、夜巳は人の気持ちを察したり、空気を読む能力に乏しかった。論理的に説明できる単純な感情(たとえば「人からプレゼントをもらうと嬉しい」など)は理解できるものの、複雑で素直とはいえない感情(たとえば「褒め言葉が皮肉に聞こえ、苛立つ」など)はとことん理解できない。また、人の恋愛感情にも鈍感だ。
ただし、夜巳自身も自分の鈍感さには気づいており、過ちを繰り返さないよう心に留めている。多くの人の話を聞く中で、他者が自分とは異なる感覚を持っていることを理解しており、その努力の甲斐もあって、他人に自分の考えや感情を押し付けないよう努めるようになった。しかし同時に、「他人のことはわからない」と心を閉ざすようにもなっている。
それでも、夜巳の鈍感さは少しずつ改善されつつあり、長い付き合いのある相手であれば、少しは気持ちを察することができるようになっている。例えば、映画館に行った日、夜巳が体調を崩した際には、夜巳は”日落晃が責任を感じている”ことに気づくことができた。
この鈍感さのおかげで、夜巳は自分自身のことをまっすぐに表現できるという一面もある。彼の短所でありながら、同時に長所であり、彼の魅力ともいえる特徴だ。
夜巳は、本人が望まずとも周囲に影響を与える力を持っている。
その容姿の良さも一因だが、彼の力強い言動が、多くの人々に影響を及ぼしている。緑島遥は夜巳に励まされ、北颪彪は夜巳に嫉妬し、日落晃は夜巳に憧れる。
そして『NARCIST COMPLEX』も、夜巳の生き様に触発され、人生を導かれた志貴しずくの大学合格から始まる物語である。誰もが夜巳涼人という人間から目を離せないのだ。
夜巳は他人が大好きだ。数々の失敗を経ても、他者の幸せを願う気持ちは揺らがない。その遠慮のない、まっすぐな好意が、いつしか周囲の心を動かしてしまうのだろう。
デザインテーマは「夏」と「夜」、テーマカラーは「暗い青色」。
制作者が思う『イケメン』像をそのまま描いた。当初はもっと暗さや儚さのある容姿を予定していたが、調整を重ねるうちに、今のような笑顔が眩しいタイプになった。
夜巳はいわゆるゲームの看板キャラクターであり、外見だけで人を惹きつけられるように、とにかく「顔が良ければなんでもいい」という気持ちで描いている。平成の乙女ゲーム的な容姿を目指しており、ストーリー内で少し対立することになる北颪彪とは正反対のデザインだ。
緑島遥より少しだけ背が低い。しかし、肩幅が狭く、華奢な体型であるため、緑島よりひとまわり小さく見える。

最後まで、夜巳は「しずくのことが世界で一番好きだ、愛している」という言葉を口にしない。乙女ゲームらしからぬ展開だ。夜巳にとって、世界で一番愛する存在は最後まで夜巳自身である。
しかし、これでいい。この結論に至ったのは、夜巳としずくだ。
互いのすべてを受け入れた上で、二人は「お互いが世界で一番”幸せ”になること」を目指し、共に生きていく道を選ぶ。
夜巳はこれからも自分への恋愛感情(と、本人がそう認識しているもの)を失うことはないだろう。しずくも夜巳自身も、それを望んでいるからだ。それでも、夜巳の「しずくを幸せにしたい」「幸せそうに笑うしずくの隣にいたい」という気持ちは本物である。
夜巳はこれまで、自分自身のすべてを受け入れ、愛し続けてきたが、これからはしずくのすべても受け入れ、ともに生きていく。二人が互いを受け入れながら生きていく中で、夜巳の見える世界も少しずつ変わっていくだろう。
END.Aのタイトルは、END.Cと似たものとなっている。しかし、その意味はまったく異なる。END.Aには「一番」という言葉が含まれており、これは「物事を比較すると本質が見えなくなる」と語った夜巳の価値観に反する言葉だ。このタイトルには、どんなことがあっても必ずしずくを守り抜くという夜巳の覚悟が表れている。
END.AでもEND.Bでも、夜巳は晃と「覚悟とは何か」というテーマで日落晃と会話を交わしている。
……でも。僕、涼人先輩には、自分を捨てないでほしいです。
二つのエンディングでの会話の内容は一言一句同じだが、夜巳が持つ『覚悟』に対する解釈はそれぞれ異なる。
END.Aでは、『夜巳涼人』という人間の在り方を貫いたまま、その姿を受け入れようとするしずくを「誰よりも幸せにする」という覚悟を見せる。
一方、END.Bでは、「苦しみ続けても夜巳を愛する」と語ったしずくがこれ以上苦しまないよう、『夜巳涼人』であり続ける覚悟を選ぶ。どちらも似たように思えるが、夜巳のしずくに対する理解が根本的に異なっているのだ。
夜巳は「このままではしずくを苦しめてしまう」「しずくを苦しめるわけにはいかない」と考え、しずくの気持ちに応えない決意をする。実際のところ、END.AとEND.Bでしずくの気持ちにどれほどの違いがあるかは不明だ。ただ、表現や言葉の選択が違うだけかもしれない。
夜巳は論理的に考え、しずくを苦しめないための「最善の選択」をした。しかし、その選択に自分の心が追いつかず、非合理的な感情に戸惑う。周囲から見ると「しずくと一緒にいたいなら追いかければいい」と思える状況であり、北颪彪も同様に感じていただろうが、それができないのが夜巳だ。それが、夜巳の強さであり、弱さである。
夜巳のEND.Cは、全ルートの中でも最も到達が難しく設定されている。選択肢の登場回数とその数が他よりも多く、そのたびに”正確に間違える”必要があるENDだ。あえて難易度を上げたのは、この結末が苦手な人もいるだろうから、挑むにはそれなりの覚悟が必要と考えたためだ。意図的に悪い選択を選ぶという、特殊なアプローチが求められる。
他ルート(緑島、北颪、日落)では彼らの暴走がきっかけでEND.Cへ進むが、夜巳のルートだけは、しずくの暴走が原因でEND.Cへと進んでいく。夜巳がしずくを愛してくれないのを「どうしようもない」と嘆いたり、蜜柑の「田辺さなと話さない方がいい」という忠告を無視したりする中で、しずくは自分勝手で自暴自棄な行動を取るようになり、まるでかつての田辺さなのようだ。
夜巳にとって、田辺さなも、しずくも、大切な存在だった。それなのに、自分と関わるうちに二人が心を痛め、暴走し、やがて狂気に至る姿を見守るのは、筆舌に尽くし難い苦痛だっただろう。
物語の中で夜巳は「物事を比較すると本質が見えなくなる」と語っている。この価値観は彼にとって重要なものであったが、END.Cの最後に「世界で一番の幸せ者だ」と語ったのは、夜巳自身が「大事なこと」や「本質」を見失ってしまったことの表れでもある。それでも、『夜巳涼人』という存在を貫き、大切な人を守り抜き、自分の勇姿を見届けたのだから、彼にとっては本当に「シアワセなEND」なのかもしれない。
緑島にとって夜巳は、数少ない「赤ヶ原として面識を持った相手」である。表向きはお互いに社交的で、良好な関係を築いているように見える。しかし実際には、互いに歪んだ感情が潜んでいる。
夜巳は、仕事もプライベートもそつなくこなし、何事にも真摯に取り組む姿勢から、緑島にとって尊敬に値する存在だった。しかし、それほど立派で"綺麗"な夜巳が、赤ヶ原という"汚い"人間(緑島談)に強い関心を示していることが、緑島には奇妙に映っていた。
そのため、緑島は夜巳の人間性を信頼していたが、夜巳の"欲"に関してだけは信用していなかった。夜巳の中にも何らかの"汚さ"があり、それを人前では巧みに隠しているのではないか。非常に理性的でありながら、同時に動物的な本能を持つ人物。……それが、緑島から見た夜巳の姿である。
……ただ、そう感じつつも、緑島は夜巳の"汚さ"に対して関心を持たなかったため、深く追求することはしなかった。夜巳の"汚さ"があったとしても、緑島にとって無害なら触れないに越したことはないと考えていたのだ。
実際のところ、緑島が感じるような夜巳の"汚さ"が本当にあるかどうかはわからない。仮にあったとしても、夜巳は"汚さ"を完璧に隠す術を持っているだろう。真相は、誰にもわからないままである。
彪にとって、夜巳は憎く、恨めしい存在だった。
「夜巳涼人なんて、ただ顔が良いだけ」と切り捨てたいものの、知れば知るほど、夜巳の能力を認めざるを得ない。彪から見る夜巳涼人は、何をしても上手くいく完璧な人間で、多くの人に愛され、全てを手に入れ、不幸など一切ないようにさえ見えていた。もし夜巳に人間的な欠点があれば、素直に嫌うこともできただろう。しかし、夜巳が少々不器用ながらも潔く生きる人物であることを知っているがゆえに、貶すことができず、彪は自己嫌悪に陥っていた。
本来ならば距離を置きたい相手だが、彪の親友である緑島が夜巳と交友を持ってしまっていたため、無碍にもできない。複雑な感情を抱えたまま、夜巳との関係を続けていた。
幸いなことに、夜巳と彪では興味や関心のある分野が異なっていた。学問の方向性も、自己表現の手法も違っていたため、二人の間で衝突が起きることはなかった。
……そう、しずくが現れるまでは。
彪がしずくに好意を抱き、しずくが夜巳を想っていることが分かってから、彪の中の夜巳への劣等感は増していく。さらに、夜巳がしずくの気持ちと向き合わないにもかかわらず、しずくが夜巳に執着する姿を見て、彪の感情は爆発する。まさに『世界がおかしい』と思わざるを得ない心境だった。
それほどの絶望感に苛まれながらも、最終的に夜巳としずくが幸せになれるように行動できたのは、彪が『しずくの幸せとは何か』を真摯に考えられたからだ。また、夜巳が悪人ではないことも理解していた。夜巳は常軌を逸した考え方の持ち主ではあるが、最後にはやり遂げる人物だと、彪は信じていたのだ。
憎しみや嫉妬といった感情を抱えながらも、彪は夜巳を信頼する道を選んだ。それは、彼だからこそできた選択だろう。
晃にとって夜巳は、親元を離れて同居することになった「赤の他人」だ。当然、晃は緊張し、迷惑をかけないよう気をつけながら生活するだろう。その緊張をほぐしたのは夜巳自身だった。そして、晃は人の想いを素直に受け入れることができる性格だ。晃はやがて、夜巳を心から信頼するようになった。
夜巳は特に同性から嫉妬や憎悪を向けられやすい性格だが、晃はあまりそういった負の感情を抱かないため、二人は非常に相性の良い関係を築いていたと言える。
晃は夜巳にまっすぐな憧れを抱いている。夜巳は裏表がなく、自分のありのままの姿で堂々と立ち振る舞う人物であり、確固たる世界観や信条を貫くその姿勢は、晃にとって眩しく映るものだったに違いない。そんな夜巳だからこそ、晃は夜巳がこれからも多くの人に愛され、かっこよく、そして幸せに生きていくことを心から願っている。
夜巳が自分らしく生き続ける限り、夜巳の存在はこれからも晃に大きな影響を与え続けることだろう。
あまりにもまっすぐで、眩しくて。強みも弱みもすべてを『自分自身』だと誇り、全力で愛している。その強い心は、きっと誰かの道標になる。
そんな彼の心を理解し、彼のルートをプレイしていただいた皆様へ、心より感謝申し上げます。